もっと知りたい!亀井静香

まだまだ、亀井静香さんについてお話していきたいと思います♪なにせ政治家人生が長いお方ですし、いろいろありすぎて1ページじゃ済まないんですよね~!!!

世論が見る亀井静香さんのイメージ

世の中の亀井静香さんのイメージって・・・・こういっては悪いのですが、あまり良くないかなと。少なくとも私の周りでは(^^;)私の政治経済学部のなかでは、こんな意見も。仕切り過ぎとか、場外からでしゃばりすぎとか、自分で話題を作る能力がないとか、話題つくりが上手い人に便乗してここまできたとか・・・・・。ひどい言われよう。まあ、有名人や名前の知れた政治家さんは批判されてナンボですよね。でも、私はちょっと違う意見なんです。やっぱり連続当選してここまで政治家を続けているってコトは、すごいと思うんですよね~。もしそれが、誰かに便乗して、自分の実力ではなかったとしても、便乗して当選する実力があるなら、素晴らしい能力の1つだと思っちゃうんです。だって、人間は1人で成功しようと思っても無理ですからね。便乗という言葉が悪いのかな。助け合って当選しているという風に言い換えれば、ちょっとはクリーンなイメージになるのかしら。って、私は別に亀井静香さんのファンでもなければ、まわしものでもありませんよ(笑)

亀井静香さんが政治家になる前<その1>

亀井静香さんは広島県の出身で、高校を自ら中退、別の高校に編入して無事卒業後、東京大学経済学部に入学します。さっすが~。(ちなみにお兄さんも東大でしかも法学部らしいですよ。すごすぎ。)そして東京大学経済学部を卒業後は、エリートサラリーマンの生活を送っていたそうなんです。サラリーマンだったんですね。でも、テレビでみた警察の弱さに腹立たしく思って、自分が警察官になって変えたいと思ったそうです。そこで警察官になることを決意して、国家公務員採用上級試験を“試しに”受けたら、な・・・なんと上から3番の成績で合格してしまったんだとか。警察官採用上級試験には5番の成績で合格して、その優秀さが買われて各官庁から手を招かれたのだそうです。そして亀井さんの希望の警察庁に入庁したんだそうです。亀井静香さんって、こんなに頭のいい人なんですね。

Green Wind Party Japan !

亀井静香さんが政治家になる前<その2>

とまあ、頭の良さから、自分の思い描いた警察庁へと入庁できた亀井さんですけど、入庁後は鳥取県警察本部警務部長、埼玉県警察本部刑事部捜査第2課長などをまかされました。そして、1971年には警察庁警備局公安第3課長補佐として極左事件に関する初代責任者となり、東峰十字路事件、あさま山荘事件、テルアビブ空港乱射事件などの陣頭指揮を執ったんだそうです( °o°)あさま山荘事件って、若い私でも知っている超有名な事件じゃないですかぁ~~~~(≧ロ≦)亀井さんのイメージ変わるわぁ~。その後、警察庁警備局公安第一課理事官、警察庁長官官房調査官などを歴任して、警察官人生が終わります。そう、ここから、政治家人生をスタートさせるため、またもや亀井静香さんはエリート警察を辞めるんです。実際に警察へ入庁してみたら、警察は頑張っても世の中の仕組みを変えることができないと痛感したそうです。世の中を変えて、もっと社会をよりよくするには政治家しかない!!!!と思ったんだとか。そう思って、行動に移して、しかも実際になれてるところが、何度も言いますけどスゴ過ぎでしょ~~~。

スタンスが変わらない亀井静香さん

私は昔の亀井静香さんについては実際に見ていないので、資料などを参考にするしかないんですけど、どうやらいい意味でも悪い意味でも、基本的なスタンスが変わっていないんだそうです。いい意味では、自分が思ったことを貫く意志を持っているとか、まわりに簡単に流されるのではなく自分の意見を持っているといったところでしょうね。悪い意味では、スタンスを変えないと時代遅れになる、というところでしょうか。亀井静香さんが政治家になってから30年以上たちます。その間には、政治も経済も、そして環境やIT系産業などなど、多くの物事が大きく変化してきたのだと思います。そして、そういった変化に伴って、人間自体も変化しているんだと思います。でも、亀井さんは変わらない。ある評論家の方が、「ある程度変化していかなければ、亀井さんはどんどん取り残されていくこととなる」とっていました。是非、ご自身の人生経験を後輩に伝えていただき、昔と今のいい部分の融合を図っていただきたいものです(^^)

亀井静香さんの素晴らしいエピソード

こんなお話があります。亀井静香さんは悪役のようで、本当は弱いものの味方だというお話。議員会館に行くと、陳情に来る大企業の役員は後回しにして、学生や農家の人たちの話を先に聞くようなことが多いんだそうです。秘書がもう時間だからと言っても、大企業の役員を待たせて、きちんと話を聞く。こんな話をけっこう耳にします。ということは、本当なんだなって思っています。イメージと違うから、そのギャップでますますいい人だな~と思うのかもしれないですけどね。弱いものの味方であるけど、表現が下手で国民から誤解されてしまうのかも・・・なんて思ったりしました。

まず国民が知るべきです!

亀井静香さんの奥さん

亀井静香さんは息子さんが小学校に上がるときに離婚したそうです。原因は、当時亀井静香さんが警察官僚として浅間山荘事件の陣頭指揮を取っていて、家にはほとんどいなかったこと、そしてその代わり、自宅には大勢の新聞記者が情報収集のために押しかけてきていたこと。そんな生活が嫌になって、奥さんは息子さん2人を連れて家を出たんだそうです。

亀井静香さんの息子

亀井静香さんの息子さんは東京都板橋で往診医をしているんだそうです。写真見ましたけど、いや~お父さんに似てない(笑)いい顔してます(笑)この息子さんは、島田潔さんとおっしゃるそうで、名字はお母さまの姓を名乗っています。島田院長は、24時間いつでも駆けつけてくれる往診医なんですって。常勤医師8人が月間約2500件の往診患者を抱えているという、非常に大変なお仕事をされていますが、一方では、非常に誇らしいお仕事でもありますね。島田院長が医者になろうと思ったのは、お父様の亀井静香さんの言葉がきっかけなんだそうですよ。高校2年のときに、「昔は人生50年。自分のことかせいぜい家族のことで必死な時代。でも今は人生80年。自分や家族のためだけに生きたら空しいぞ」という話をされたそうです。それで、島田院長は人の役に立ちたいと、医師を目指すようになったんだとか(^^)離婚してから10年間は会わなかったらしく、島田院長のお母様が体長を崩してから、お父様である亀井さんに会おうと思ったとか。亀井静香さんの話をしている島田院長は、亀井さんへの尊敬が感じられました!!亀井静香さん、元々嫌いじゃないですけど、このエピソード聞いて、以前より応援したくなりました!!

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